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「擂鉢みそさざい」

白隠慧鶴

  • 「擂鉢みそさざい」
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作家名
白隠慧鶴
作品名
「擂鉢みそさざい」
寸 法
本紙:80.5×26.3cm
総丈:160.6×44.8cm
手 法
紙本・墨
備 考
・画面右上に関防印「龍悳先天」、画面左下に印「白隱」「惠?」
・賛「鶯に形りが似たとてみそさざひ」
解 説
擂鉢とすりこぎ棒、それに止まるミソサザイの姿が描かれている。賛文には、「鶯になりが似たとて、みそさざひ」とあり、直訳すると、ウグイスに姿形は似ているけれども、所詮はミソサザイだと揮毫しています。このミソサザイは、鶯に似た小禽で、体とは対照的に大きな声で囀るのが特徴です。
このミソサザイは白隠自身を表しており、「私はよい声で鳴くウグイスではございません、ミソサザイのような私ではありますが」と謙遜しながらも、白隠ミソサザイが、「いらっしゃい、いらっしゃい、どうぞお買い求めください。当店には最上極上のみそ(白隠禅)がございますよ。」と宣伝をしている画題で、白隠らしいユーモアにあふれた禅画です。

白隠慧鶴(1685~1768)は、静岡県(駿河国)の生まれ。白隠はその功績から「駿河には、すぎたるものがふたつあり、冨士のお山に原の白隠」と称される江戸中期の臨済宗の僧です。諱は慧鶴、号は鵠林、闡提窟。諡は神機独妙禅師、正宗国師。15歳の時に駿河の松蔭寺で出家。その後、諸国を行脚した後、32歳で松蔭寺に戻り住職となり、42歳で悟りを開きました。白隠の会下には多くの修行僧が集まり、東嶺円慈、遂翁元盧、峨山慈棹、葦津慧隆、斯経慧梁、提洲禅恕らの多くの門下を世にだしました。また白隠は、それまでの公案群を整理し、体系化したことにより、日本臨済禅中興の祖と称されています。
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