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「寒山拾得図」

伊藤若冲 (Ito Jakuchu)

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作家名
伊藤若冲
作品名
「寒山拾得図」
寸 法
本紙:(各)114.2×29.1cm
総丈:(各)192.0×40.0cm
手 法
紙・墨
制作年
1793(寛政5)年
備 考
(右幅)
 ・賛文:(関防印「大字叚印」)
    吾心似秋月 碧潭清皎潔
    無物堪比倫 教我如何説
     六如杜多周謹写
 ・読み:吾が心秋月に似たり、碧潭清くして皎潔たり。
     物の比倫に堪ゆるは無し、我をして如何が説かしめん。
                 (『寒山詩』より転載。)
 ・印章:「釈慈周印」、「六如」
 ・画面右サイン:「斗米翁行年七十八筆画」
    画面右印章:「藤女鈞印」、「若冲居士」
(左幅)
 ・賛文:(関防印「大字叚印」)
    從來是拾得、不是偶然称。別無釋眷属、寒山是我兄。
    両人心相似、誰能徇俗情。若問年多少、黄河幾度清。
      六如釋慈周書
 ・読み:從來是れ拾得せらる、是れ偶然に称するにあらず。
     別に釋の眷属無し、寒山は是れ我が兄なり。
     両人、心相似たり、誰か能く俗情に徇わん。
     若し年多少ぞと問わば、黄河、幾度か清かる。
 ・印章「釈慈周印」、「六如」
 ・画面右サイン:「斗米翁行年七十八筆画」
 ・画面右印章:「藤女鈞印」、「若冲居士」
 ・六如慈周(1734ー1801)は、江戸中期の天台宗の僧侶・漢詩人。近江の人。俗姓は苗村。名は慈周。六如は字。
  江戸寛永寺明静院、京都善光院住持。宋詩を範として新詩風を興した。大典顕常や伊藤若冲と親交を持ったことで知られる。
解 説
伊藤若冲(1716‐1800)は、江戸時代中期の京都で活躍した画家。若冲は、それまでの日本の絵画にない奇抜なモチーフ、独特な画面構成により、奇想の画家として、また江戸美術を代表する画家の一人としてよく知られています。名は汝釣、字は景和。斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士などと号しました。京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、数え年で23才の時に父親の死去に伴い家業を継ぎます。その後、40才の時に弟、白歳(はくさい)に家督を譲り、絵画制作に没頭。江戸中期の京都においてその個性的な画風は異彩を放ち、大きな評判を呼びました。天明八(1788)年の京都大火で被災し、一時大坂に滞在したものの、晩年には京都市伏見区の深草にある黄檗寺院、石峰寺の門前に隠棲し、晩年を過ごしました。
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