「伏見人形図画賛」

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作家名
伊藤若冲
作品名
「伏見人形図画賛」
寸 法
本紙:97.5×26.9 cm
総丈:183.8×37.1 cm
手 法
紙・墨・着色
備 考
・画面右に印「藤汝鈞印」・「若冲居士」
・賛:君中……詳細不明
加納鉄哉かのうてっさい一文字・風帯(下絵)
 *加納鉄哉(1845–1925)……美濃国出身の彫刻家。幼少より南画と彫刻を学び、明治維新後は彫刻と鉄筆画を中心に制作し、 仏像をはじめとする日本・中国の古美術研究にも取り組んだ。
殺々是塵々さつさつこれじんじん……仏教(特に禅宗)の思想に基づいた表現で、「この世のあらゆる殺生や破壊、あるいは激しく動くもの(殺々)も、本質を見つめればすべて一粒の塵(ちり)や微粒子(塵々)のような空(くう)なる存在にすぎない」という意味。
・明州奉化縣ほうかけん……現在の中国・浙江省寧波市奉化区にあたる地名。布袋は唐末から五代頃にこの地で活動した禅僧と伝えられる。

【賛】
伏見造布袋
現寂仲(冲)手裏
明州奉化縣
刹々是塵々
右 僧君中叟[花押]

【読み】
伏見では布袋を造る
現に寂仲(冲)が手裏
明州の奉化縣
刹々是れ塵々
右 僧君中叟[花押]

【現代語訳】
伏見では造布袋の姿の伏見人形を造る。
そのひとつが今、寂仲(冲)の手の中にある。
(布袋和尚がいたのは)明州の奉化縣。
(だが弥勒菩薩の化身である布袋和尚は)
刹々是塵々、この世のあらゆる場所に、
お出ましになるのだ。
解 説
素朴な伏見人形の姿を、簡潔な線と色で愛嬌たっぷりに捉えた一幅です。小さく描かれた人物に対して余白を大胆にとり、上部の書と下部の絵を響き合わせる構成も印象的です。身近な題材の素朴さと、どこかユーモラスな味わいに、若冲らしい軽やかな感覚が感じられます。

伊藤若冲(1716-1800)は、江戸時代中期の京都で活躍した画家。
若冲は、それまでの日本の絵画にない奇抜なモチーフ、独特な画面構成により、奇想の画家として、また江戸美術を代表する画家の一人としてよく知られています。名は汝釣、字は景和。斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士などと号しました。京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、数え年で23才の時に父親の死去に伴い家業を継ぎます。その後、40才の時に弟、白歳(はくさい)に家督を譲り、絵画制作に没頭。
江戸中期の京都においてその個性的な画風は異彩を放ち、大きな評判を呼びました。天明八(1788)年の京都大火で被災し、一時大坂に滞在したものの、晩年には京都市伏見区の深草にある黄檗寺院、石峰寺の門前に隠棲し、晩年を過ごしました。

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