「置字「常」」

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作家名
白隠慧鶴
作品名
「置字「常」」
寸 法
本紙:136.5×28.0㎝
総丈:221.5×40.3㎝
手 法
紙本・墨
備 考
・画面右上に関防印「顧鑑(口+夷)」
・画面左下に印「白隠」「慧鶴」
・読み
「若人欲成菩薩道尋/常/須勤挑無盡燈」
(若し人、菩薩の道を成ぜんと欲せば、尋常須らく勤めて無尽燈を挑ぐべし)
・藍山荘 順敬(鷲尾順敬)箱書
・外題、箱蓋裏に印「韻□荘主」「□雲居士」
※鷲尾順敬(1868~1941)…大阪府出身の仏教史学者。村上専精に仏教史を学び、東京帝大史料編纂官、東洋人教授となる。『日本仏家人名辞書』を編纂。
解 説
本作は、白隠慧鶴の手による墨蹟で、中央に「常」と大書し、左右に分けて「若人欲成菩提道尋/須勤挑無盡燈」と揮毫する。
大意は「もし人が仏の道を究めたいと願うなら、常日頃から尽きることのない灯りをかかげて進みなさい(たゆまず努力しなさい)」というというもので、「常」字の下の棒を画面を縦に横断するかのように長く伸ばしている。

白隠慧鶴(1685~1768)は、静岡県(駿河国)の生まれ。白隠はその功績から「駿河には、すぎたるものがふたつあり、冨士のお山に原の白隠」と称される江戸中期の臨済宗の僧です。諱は慧鶴、号は鵠林、闡提窟。諡は神機独妙禅師、正宗国師。15歳の時に駿河の松蔭寺で出家。その後、諸国を行脚した後、32歳で松蔭寺に戻り住職となり、42歳で悟りを開きました。白隠の会下には多くの修行僧が集まり、東嶺円慈、遂翁元盧、峨山慈棹、葦津慧隆、斯経慧梁、提洲禅恕らの多くの門下を世にだしました。また白隠は、それまでの公案群を整理し、体系化したことにより、日本臨済禅の中興の祖と称されています。

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