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古田織部(1544-1615)は、桃山時代から江戸時代前期の武将、茶人。美濃生まれ。称を左介、名を重然。初め美濃の守護大名、土岐氏に属していたが、織田信長の美濃平定の際、父である重定とともに信長に従い、信長の死後は豊臣秀吉に属した。天正13年(1585)、秀吉が関白に任ぜられると、織部も従五位下織部正となり、山城国西ヶ岡に3万5000石の領地を与えられた。慶長3年(1598)に秀吉が死ぬと家督を嗣子重広に譲って隠居し、伏見の自邸でもっぱら茶の湯三昧の生活に入った。慶長20年(1615)の大坂夏の陣では徳川側にあったが、突然の死罪を申し渡され切腹。その原因には諸説あるが、不明。
茶は千利休に学び、利休七哲の1人。利休の没後は天下の宗匠となり、江戸幕府、二代将軍である徳川秀忠の茶の湯指南を務めた。小堀遠州はじめとする多くの大名たちの指導にあたり、大名茶を確立する一方、やきものや茶室の創案にもすぐれた才能を発揮した。

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