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「武陵図」

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作家名
作品名
「武陵図」
寸 法
本紙:28.3×352.2cm
総丈:29.7×408.5cm
手 法
絹本・墨・着色
制作年
1769年(寛政8年)
備 考
・関防印:「海北」、「道暉」
解 説
海北友雪の手による武陵図で細い筆で丹念に描かれています。本作は、背景を同じくする一つの画面に漁夫が重複して登場し、連続した動作をあらわしている。これは一つの画面に異なる時間を描く、異時同図法という手法で、巻頭から巻末に向け物語が進むかのようにあらわされています。
武陵桃源とは、武陵の漁夫が見つけたという桃の花が咲く地上の楽園、または別世界のこと。桃源郷ともいい、晋代の詩人である陶潜の『桃花源記』にもとづいたもの。巻頭には辻高政の手による陶潜の「桃花源記」、「桃花源詩」が揮毫されている。

海北友雪(1598-1677)は、江戸前期の画家。京都生れ。海北友松の嫡男。名は道輝、字は友雪、通称は忠左衛門。父の没時には18歳で、画系を存続させ得ず町絵師として「小谷」または「絵屋」忠左衛門と名乗り生計を立てた。のち、春日局の推挙により徳川家光に召し出され、海北家を再興した。友雪は、当時の好みに合わせようと狩野探幽に師事し、明暦・寛文・延宝期の内裏障壁画制作にも加わった。後水尾上皇などの宮廷の御用もしばしば勤め、法橋に叙せられた。
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