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「雪梅図」

維明周奎

  • 「雪梅図」
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作家名
維明周奎
作品名
「雪梅図」
寸 法
本紙:105.0×34.1㎝
総丈:189.3×40.4㎝
手 法
絹本・墨
備 考
■画面右上に印章「周奎の印」「維明」
■坂本石創箱書
※坂本石創箱書(1897~1949)は、愛媛県出身の自然主義派小説家。本名は石蔵。田山花袋に師事するも、のちに絶縁し帰郷。晩年は仏教思想や禅に傾倒し、鈴木大拙とも親交があった。
※維明周奎(1731~1808)
江戸後期の臨済宗の僧。相国寺山内慈雲院の梅荘大典顕常(1719~1801)
について文字を学び、宝暦11年、山内光源院16世の席を嗣ぐ。
享和3年、相国寺において115世として視篆開堂。
相国寺と関係の深かった伊藤 若沖(1716~1800)に絵を学び、
中でも梅を描くことに優れる。
解 説
画面右下から孤を描くように一本の梅の枝が上へと伸びる、相国寺の僧であった維明周奎の描いた雪梅図。
枝を濃墨で描き、背景に薄い墨を掃く。枝の周囲を白く塗り残すことで、雪が積もる様を表している。枝の先には、春の訪れを待つ梅の花が描かれている。禅僧の余技らしく端的に描かれた作品です。

維明周奎(1731~1808)は、江戸時代後期の臨済宗の僧。大奎、羽山と号した。若狭の人。若州大成寺の物外について得度し、諸方行脚ののち相国寺山内慈雲院の大典顕常(1719~1801)について文字を学び、山内光源院16世の席を嗣ぐ。その後、相国寺第百十一世として出世した人物。
また維明は相国寺と関係の深かった伊藤若沖(1716~1800)に画を学び、中でも梅を描くことに優れた。
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