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「太公望図」

黒田稲皐

  • 「太公望図」
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作家名
黒田稲皐
作品名
「太公望図」
寸 法
本紙:102.0×36.3㎝
総丈:191.2×49.4㎝
手 法
絹本・彩色
備 考
■画面右下にサイン「稲皐黒田文祥写」、印「文祥」
解 説
蓑をかぶり竿を持ち横を向く。黒田稲皐の描いた太公望図。太公望は古代中国、西周建国の際の功臣で、名は呂尚。師尚父と尊称される人物。初め渭水で釣をするところを周の文王に見いだされ、周祖太公が待ち望んでいた人物だということで太公望と呼称されました。
モチーフの輪郭は淡墨で、衣文は濃墨でしっかりととる。皺や瞳などの面貌は丹念に描かれており、作家の技量をうかがわせる。背景の描写は一切無く、全体にうっすらと藍を掃き、モチーフを白く抜く。この手法は、稲皐の師である土方稲嶺にも見られるもので、稲嶺と同様、故事人物を描く際に意識的に用いられたのであろう。

黒田稲皐(1787~1846)は、江戸時代後期の鳥取藩士。姓は林、名は文祥、通称を六之丞。号ははじめ稲葉、のち稲皐と称した。
鳥取藩士林源三郎の弟として生まれ、鳥取新田藩(東館藩)池田家の家臣であった黒田家に養子として入る。藩主である池田仲雅の近習となり、しばしば江戸へ赴き公務を勤めた。幼少の頃から画を好み、藩の御用絵師であった土方稲嶺に学んだ。
二十代の頃から幅広い画題の作品を描き、特に鷹と鯉を得意とした。
黒田稲皐の販売作品一覧
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