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「㽄(し)古老宛消息」

玉室宗珀

  • 「㽄(し)古老宛消息」
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作家名
玉室宗珀
作品名
「㽄(し)古老宛消息」
寸 法
本紙:34.3×53.2㎝
総丈:122.0×59.0㎝
手 法
紙本・墨
制作年
七月廿二日
備 考
■画面下に「芳春院」、「宗珀(花押)」

【読み】
如珍札先度御
来臨已後以書
状不申入無音失
本意候
一、国師之墨跡代筆候
道号ニ而候残絵
賛筆者誰共
不存候
一、拙僧書物之儀
被仰越斟酌存候へ共
遠路被仰越候儀
不及是非応来
意候
一、縮帷子贈給候
御懇志之段
難申尽候不
図御上洛奉待候
尚期後便候
恐々謹言
  芳春院
七月廿二日宗珀(花押)
(返し書き)
「尚々先度者
始而懸御目欣然至候」
古老
      □答
解 説
本作は、玉室宗珀が㽄(し)古老に宛てた消息で、宛先の㽄古老のについての詳細は不明。国師の墨蹟は代筆であること、絵の賛者については知らないこと、また遠路来て頂いたこと、縮帷子頂いたことへのお礼などを述べている。

玉室宗珀(1572-1641)は、京都の人、瞳眠子と号した人物。春屋宗園の法を嗣ぎ、慶長12年(1607)に大徳寺で出世し、147世となった。徳川家、前田家などの帰依をうけ、慶長13年(1608)には大徳寺山内に前田利家の夫人である、まつのために芳春院を開いた。また、後陽成天皇からの帰依が厚く、元和6年(1620)には後水尾天皇より直指心源禅師の号を特賜される。寛永6年(1629)の紫衣事件に関わり、一時陸奥赤舘(現在の福島県)に流された。
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