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「二村権之助宛消息」

本阿弥光悦

  • 「二村権之助宛消息」
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作家名
本阿弥光悦
作品名
「二村権之助宛消息」
寸 法
本紙:28.3×49.6㎝
総丈:105.0×61.7㎝
手 法
紙本・墨
制作年
慶長17年(1612)以降
備 考
■画面左下に花押「光悦」
■大正十三年秋 金沢美術倶楽部落札あり
■文中の因洲は二村因幡守を指す。
■古研堂旧蔵
※二村権之助
二村因幡守の息子と考えられている。
二村氏は尾張国愛知郡の名族と、三河国額田郡の豪族との後裔とされ、特に二村父子は光悦と茶事を通じて交流を持っていた。

【読み】
道因老之儀
因州様へ申□入候
御意得被成可給候
延引所存之外候
恐惶謹言
  十一 晦日 光悦(花押)

       徳友斎
(捻封)二権之助  光悦
       人々御中

【意】
道因老の件は因洲様へ申入れました。
因洲様のご意向をおうかがいください。
遅くなってしまいましたこと、思いの外のことです。
解 説
本作は、本阿弥光悦の書いた二村権之助宛の消息。因洲(二村因洲)の意向を伺うもので、宛先の権之助(生没年不詳)は、二村因洲の近親者であることが、ほかの光悦書状により推察できる。道因老については不明。書風から元和年間(1615-1624)に書かれた消息であることが推測出来る。


本阿弥光悦(1558-1637)は、江戸時代初期の書家、陶芸家、芸術家。京都の人。徳友斎、太虚庵、自得斎などと号した。京都で代々刀剣の磨礪、浄拭、鑑定を本業とする本阿弥家の分家に生まれる。書・陶芸・漆芸などにすぐれ、特に書は、青蓮院流を基本とする肥痩の激しい装飾的書風で、近衛信尹、松花堂昭乗と共に寛永の三筆と称され、光悦流の祖とされた。陶芸、漆芸でも光悦楽焼、光悦蒔絵の創始者として名を馳せた。
また晩年には、徳川家康より洛北にある鷹峯の地を拝領し、一族や多くの工芸家とともに移住し、光悦村を形成した。

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