ギャラリー創 作品紹介 「後水尾天皇宛書状」

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作家名
近衛信尋
作品名
「後水尾天皇宛書状」
寸 法
本紙:31.5×36.5㎝
総丈:115.0×48.0㎝
手 法
紙本・墨
備 考
■画面左「菅式部とのへ」
■白嵜顕成(金戒光明寺顕岑院) 箱書
※白嵜 顕成(1941~)…京都・顕岑院に生。
 京都大学大学院文学研究科修士課程(宗教学仏教学専攻)修了.
 神戸女子大学教授。『蘭室藤村正員年譜考』(思文閣出版、2003年)。

【読み】
色紙短尺御いそきの
よしうけ給候まゝ進上
いたし候
何ともかない候ハて毎々
迷惑いたしまいらせ候
先日の皇代略と哉らんハ
後土御門まて御さ候つる哉
かしく
失念いたし候又職事補任ハ
いつ比まての分御坐候哉うけ給たく候
廿七八日の比ハ
何とそ
いたし候て
まかりいて
候へく候
(捻封)菅式部とのへ  

【口語訳】
色紙と短冊はお急ぎとのよしを承りましたので、
進上いたします。
なんとも叶わないことで、困惑しております。
先日の『皇代略』とかいうものは後土御門天皇までありますか。
忘れていました『職事補任』はいつごろまでの分でしょうか。
お教え下さい。
二十七・八日のころは、なんとしても出向きます。

【解説】
近衛信尋は後陽成天皇の二宮であり、後に近衛信尹の嗣子となった。
宛所の「菅式部」は後水尾天皇の勾当内侍(長橋局)である。
したがってこの手紙は信尋が兄の後水尾天皇に宛てたものだと考えてよい。
後水尾天皇から、揮毫依頼のあった色紙や短冊に添えられた手紙である。
こうした依頼が頻繁にあったらしいことは「何ともかない候ハて毎々迷惑いたし」
という言葉から推測できる。
文中には以前に揮毫の依頼を受けていた『皇代略』(皇代暦)や忘れていたという
『職事補任』の書写内容をも尋ねているところも見え、
少なからぬ揮毫の頼みが天皇を通じてあったものと推察される。
天皇宛の手紙は女官である勾当内侍に宛てられるので、本状もそのように理解してよい。

※『皇代略』=『皇代暦』の別名
 皇代暦は、南北朝時代~室町時代にかけて書かれた年代記。著者は洞院公賢。
 神代~後土御門天皇の文明九年(一四七七)までを記述している。主に、天皇の略歴や皇居及び重要な事件、
 上皇・東宮・皇子女・后妃、摂政・関白・大臣・将軍・大将などの要職補任が記されている。
※『職事補任』
 三巻。成立年代不詳。嵯峨天皇~後奈良天皇の間に補任された蔵人一覧。
 天皇歴代ごとに,蔵人頭および五位蔵人の本官、位階、姓名を列記し、各人の下に補任、転任などの
 年月日を注記している。『群書類従』所収。

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