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「貝図寄合書」

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作家名
作品名
「貝図寄合書」
寸 法
本紙:30.8×48.6cm
総丈:117.3×66.6cm
手 法
絹本・着色
制作年
江戸時代後期
備 考
・款記:画面中央「法眼周峯写」、画面右下「狙仙」、画面左下「徹山」
・印章:画面中央「貴信」、画面右下「守象」、画面左下「子真」
解 説
森周峰、森狙仙、森徹山の手による貝図。本作のように複数人が一つの書画を合作して制作するものを寄合書といい、周峰が浅蜊、狙仙が栄螺、徹山が貽貝を描いています。貝の細かな凹凸までも表現した大変写実的な作品で、円山応挙の影響を強く受けた森派らしい作品です。

森周峰(1738-1823)は、江戸後期に大坂で活躍した画家。姓は森、名は貴信。俗称は林蔵。周峰、杜文泰、鐘秀斎と号す。森如閑斎の次男であり、森陽信の弟、森狙仙の兄であった。周峰の子である徹山は、狙仙の養子となり、後に円山応瑞と縁組している。自らは狙仙の子である雄仙を跡取りとした。

森狙仙(1747-1821)は、江戸後期に大坂で活躍した画家。生地は長崎説、大坂説、西宮説がある。名は守象、字は叔牙。初め祖仙と号するが、後に柴野栗山の勧めにより狙仙と改める。

森徹山(1775‐1841)は、江戸後期の画家。大坂生れ。周峰の長男。名は守真、字は子玄。10代の頃に叔父である森狙仙の養子となった人物。
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