「玉堂図」
作家名
岡田半江
作品名
「玉堂図」
寸 法
本紙:120.5×29.5㎝
総丈:174.5×42.5㎝
手 法
紙本・墨
備 考
■画面右上サイン「墨江 半江肅」、印「無聲」「田亜□」
■「青門山人於此図近観南田渾老人□/□作也□人□不□□真藩」
※岡田半江…大阪出身の文人画家で、岡田米山人の子。名は肅、字は子羽、別号に寒山・独松楼等がある。画を父に学び、また南宋・元・明の画跡を研修し、山水・花卉画を得意とし、詩文も能くした。弘化3年(1846)歿、65才。
解 説
画面全体に花開く牡丹を描いた玉堂富貴図で、岡田半江の手によるもの。富貴は牡丹の異名で、周茂叔『愛蓮説』にある「牡丹花之富貴者也」から出たものとされ、文人画の画題として古来より盛んに描かれました。
画面に附される自筆の賛文から、本作が、中国清初の文人画家である惲寿平の作品を観てつくられたことが確認できます。

岡田半江(1782-1846)江戸時代後期の文人画家。大坂の人。幼名を常吉、諱は粛、字は子羽、号に半江、小米、寒山など。俗称を卯左衛門、のちに吉継。
父である岡田米山人に画を学び、その後をついで、一時津藩藤堂家に仕えたが辞し、画業に専念した。緻密で穏やかな正統的南宗画に近いスタイルの画風を完成させた。
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