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「半身達磨」

白隠慧鶴

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作家名
白隠慧鶴
作品名
「半身達磨」
寸 法
本紙:117.9×57.7cm
総丈:197.9×67.0cm
手 法
紙・墨
備 考
・画面右下印:「慧鶴」(白文正方印)、「白隠」(朱文鼎印)
・賛:「寒雲籠雪夕陽重」(寒雲、雪を籠めて夕陽重し)
※白隠の漢文語録『荊叢毒蘂』所収の「臘八示衆」に、
大道、寥寥として敗処無し、
黄頭老漢、却って何をか成す。
寒雲、雪を籠めて夕陽重く、
山月、梅に上って夜色清し。
とある。
〔芳澤勝弘監修・解説『白隠禅画墨蹟 解説編』(二玄社、2009)より〕
解 説
白隠慧鶴(1685~1768)は、静岡県(駿河国)の生まれ。白隠はその功績から「駿河には、すぎたるものがふたつあり、冨士のお山に原の白隠」と称される江戸中期の臨済宗の僧です。諱は慧鶴、号は鵠林、闡提窟。諡は神機独妙禅師、正宗国師。15歳の時に駿河の松蔭寺で出家。その後、諸国を行脚した後、32歳で松蔭寺に戻り住職となり、42歳で悟りを開きました。白隠の会下には多くの修行僧が集まり、東嶺円慈、遂翁元盧、峨山慈棹、葦津慧隆、斯経慧梁、提洲禅恕らの多くの門下を世にだしました。また白隠は、それまでの公案郡をを整理し、体系化したことにより、日本臨済禅中興の祖と称されています。
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