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「偈」

沢庵宗彭

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作家名
沢庵宗彭
作品名
「偈」
寸 法
本紙:28.6×62.5cm
総丈:112.4×78.3cm
手 法
紙・墨
備 考
・画面左印「宗彭」、「沢庵」
・画面左款記「沢庵老僧書」
・細野燕台旧蔵
・黄梅二十世太玄箱
解 説
【読み】
人之一生迅過實
良馬如見鞭影
行復如下坂車
何不急々養志以
窮生死大事乎
臘月三十日可
七顛八倒噫
此一語叨下觜
以示人猶未驚
則難奈何矣
沢庵老僧書

人の一生の迅(はや)く過ぐることは、實に良馬(りょうめ)の鞭影
(べんえい)を見て行くが如く、復(ま)た坂を下る車の如し。何ぞ
急々に志を養って、以って生死の大事を窮(きわ)めざるか。臘(ろ
う)月(げつ)三十日に、七顛八倒(しちてんばっとう)す可し。噫(
い)。
此の一語、叨(みだ)りに觜(くちばし)を下して以って人に示すも、
猶お未だ驚かずんば、則ち奈何(いかん)ともし難し。
沢庵老僧書す

○良馬如見鞭影行=良馬は鞭打たずとも、鞭の影を見ただけで駆け出す。
○如下坂車=坂を転げ落ちる車のように早く、とめることはできない。
○生死大事=生死の一大事。禪がもっとも大事とすること。
○臘月三十日=十二月三〇日。人生の終盤のこと。
○七顛八倒=あわてまわる。
○噫=ああ。
○叨下觜=言葉を下すことをへりくだっていう。

【訳】
人の一生が過ぎ去ることははなはだ早い。駿馬が鞭打たずとも、鞭の影
を見ただけで駆け出すようなものであり、坂を転げ落ちる車のようにと
めることはできない。だから、急いで今のうちに、精神を養って、生死の
一大事を極めて(覚悟して)おかねばならない。ああ。
右の言葉は(請われたので)あえて書して人に与えたものである。(この
言葉を見ても)なお驚いて反省しないならば、もうどうしようもないで
あろう。


沢庵宗彭(1573-1645)は、江戸前期の臨済宗の僧。但馬国出石の生まれで、天正14(1586)年、14歳のときに郷里の出石宗鏡寺の塔頭勝福寺、後に上洛し、大徳寺塔頭である三玄院の春屋宗園(1529-1611)に師事しました。
慶長14年(1609)、36歳で勅招により大徳寺第154世住持に出世したものの、わずか3日でと大徳寺を去り、戦禍に焼けた南宗寺や、荒廃した宗鏡寺を再興。寛永6年(1629)には紫衣法度をめぐり、幕府に抗弁したことにより、出羽国上山に流罪となりましたが、寛永9年(1632)には赦免され江戸に入り、徳川家光(1604-1651)の深い帰依を受け、寛永15(1638)年には江戸品川に東海寺を創建しました。
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