上の画像はクリックすると拡大してご覧いただけます
下の画像はクリックすると上の枠に表示されます

「小出大和守宛消息」

沢庵宗彭

  • 「小出大和守宛消息」
  • 「小出大和守宛消息」
  • 「小出大和守宛消息」
  • 「小出大和守宛消息」
  • 「小出大和守宛消息」
  • 「小出大和守宛消息」
作家名
沢庵宗彭
作品名
「小出大和守宛消息」
寸 法
本紙:29.0×87.8
総丈:124.0×97.5
手 法
紙本・墨
制作年
寛永6年頃 (九月二十五日付)
備 考
・画面右下サイン「宗彭(花押)」
解 説
・沢庵宗彭(1573-1645)は、江戸前期の臨済宗の僧。但馬国出石の生まれで、天正14(1586)年、14歳のときに郷里の出石宗鏡寺の塔頭勝福寺、後に上洛し、大徳寺塔頭である三玄院の春屋宗園(1529-1611)に師事しました。
慶長14年(1609)、36歳で勅招により大徳寺第154世住持に出世したものの、わずか3日でと大徳寺を去り、戦禍に焼けた南宗寺や、荒廃した宗鏡寺を再興。寛永6年(1629)には紫衣法度をめぐり、幕府に抗弁したことにより、出羽国上山に流罪となりましたが、寛永9年(1632)には赦免され江戸に入り、徳川家光(1604-1651)の深い帰依を受け、寛永15(1638)年には江戸品川に東海寺を創建しました。

・板倉重宗(1586-1656)江戸前期の京都所司代、下総国関宿城主。板倉勝重の長子。徳川秀忠に近侍し、1605年(慶長10)秀忠将軍宣下に際し、従五位下周防守に叙任。1620年(元和6)父である勝重のあとをうけ京都所司代となり、54年(承応3)まで35年間在職。退任後も後任所司代牧野親成を補佐。翌年には、下総国関宿に移封となる。

・小出吉英(1587-1666)江戸時代前期の大名。小出吉政の長男。慶長9年(1604)、但馬(兵庫県)出石藩主小出家初代の父が宗家の和泉(大阪府)岸和田藩をついだため、出石藩主小出家二代となる。父の死で岸和田藩をついだのち、元和五年(1619)出石藩主小出家四代に復する。出石の出身である沢庵宗彭に帰依、宗鏡寺などの復興をたすけた。
ご購入のお問い合わせはこちら
沢庵宗彭の販売作品一覧
SHARE