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「朴矩軒宛七言律詩」

松井原泉 (Matsui Gensen)

  • 「朴矩軒宛七言律詩」
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作家名
松井原泉
作品名
「朴矩軒宛七言律詩」
寸 法
30.5×35.1cm
手 法
紙本・墨
備 考
・松井原泉…伊香郡井口村(現・長浜市高月町)出身。伊藤東涯に学んだ儒学者。膳所藩に仕官し、寛延元年(=延享5年・1748)、第10次通信使来日の際には藩命により、膳所城下にて通信使接伴の任につき、製述官朴敬行(矩軒)ら文人4名と詩文の唱和をおこなった。
・朴矩軒…1748年第10次通信使の製述官。松井原泉がとりまとめた『松井孝子伝』 に「松井孝子賛」を与えた。


【読み】
奉呈/朝鮮國製述朴公左右、伏祈/慈斤、幸賜高和是栄/
霓旌一指扶桑國、半萬里程五兩風。/八斗才名夙傳誦、九疇道學最疏通。
不辞侵暑隨星使、却慰經春窮日東。/自古獨賢從事處、今知專對屬明公。  
  原泉松井長發謹書/印「長發之印」「興詩」

朝鮮國製述(せいじゅつ)朴公(ぼっこう)の左右に呈し奉る、
伏して祈るらくは慈(じ)斤(きん)、幸いに高(こう)和(わ)を賜わらば是れ栄(えい)なり
霓旌(げいせい)、一たび扶(ふ)桑(そう)國(こく)を指(さ)して、半(はん)萬(まん)里(り)程(てい)、五兩(ごりょう)の風。
八(はっ)斗(と)の才名(さいめい)、夙(つと)に傳誦(でんじゅ)す、九疇(きゅうちゅう)の道學(どうがく)、最も疏(そ)通(つう)す。
暑(しょ)を侵(おか)すことを辞せず星(せい)使(し)に隨い、却って慰(い)す、春を經て日東を窮むることを。
古より獨賢(どっけん)從事(じゅうじ)せる處、今知る、專ら對して明公に屬することを。  
              原泉松井長發謹んで書す

○朝鮮國製述朴公=「製述」は著述。「朝鮮國製述」で官名か。
○慈斤=他者が添削すること。
○高和=他者が和韻すること。
○霓旌=儀杖の一種。羽毛を五色に染めてつづった旗。
○半萬里程=中国大陸まで一萬里、朝鮮半島はその半分。
○五兩=船尾につないで風の方向をみるもの。鶏毛でつくる。
○八斗才=詩文の才能が豊かなこと。謝霊運が曹植をたたえた言葉。
○九疇=天下を治める九種の大法。天帝が禹に授けたという。「九疇」は九類ということ。
○疏通=(学問に)とどこおりなく通じて、よく分別していること。
○星使=使臣への敬称。
○獨賢從事=『詩経』小雅、北山に「我從事獨賢」。この「獨賢」は獨労ということ。「從事」は、「事をつとめる」。また官名。
○專對屬明公=「專對」は、もっぱら(皇帝に対して)受け答えをすること。「明公」は、時の朝鮮王。

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