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「松に虎図」

鉅鹿民部

  • 「松に虎図」
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作家名
鉅鹿民部
作品名
「松に虎図」
寸 法
本紙:107.0×38.0㎝
総丈:191.0×51.5㎝
手 法
絹本・彩色
備 考
■画面右上に印「子明」「君山」、左下に印「弌笑」
※鉅鹿 民部(1727~1774)
明朝末期に長崎に渡来子、帰化した魏氏(明王朝の宮廷音楽を伝えた)の子孫で、画と明楽を業とした。
?亭についで早い時期(宝暦10年頃)に沈南蘋流の画法を上方に伝えた。
京都に住んでいた時期があり、明和5年(1768)版『平安人物誌』にも画家として紹介されている。
解 説
鉅鹿民部の手による虎図です。虎が松樹の下、真横を向きで尻を隠すこのポーズは、長崎派の絵画でよく見られる姿です。朝鮮風に描かれた虎は、体躯は輪郭をとり、下地に白、要所に黄を施し、その上から墨で毛描きを加える。背景の松の幹は大きく湾曲し、一度画面の外へと向かい、画面の上方から真下に向け枝が伸びる。松の葉は横に伸び、風に吹かれる様が表現されている。

鉅鹿民部規貞(1728-1774)は、江戸時代中後期の楽人。本姓は魏。名は皓。字は子明。君山と号した。肥前国(長崎)の出身。明楽を日本に伝えた魏之?(1617?-1689)の四代目にあたる人物。彼は家督を継ぐ事を好まず、また自分の家の中だけで伝承されていた明楽を世に広めたいと考え、京にのぼり諸侯の前で明楽を奏した。また姫路藩主の酒井雅楽頭の扶持も受け、一時は百人もの弟子を抱えまでになり、広く明楽を公家、武士家に広めたことで知られる。
鉅鹿民部は、?亭についで、早い時期に沈南蘋流の画法を上方に伝えたが、画人としての伝記は不明です。
鉅鹿民部の販売作品一覧
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