ギャラリー創 作品紹介 「伏見人形」

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作家名
伊藤若冲
作品名
「伏見人形」
寸 法
本紙:100.9×27.4cm
総丈:188.0×39.6cm
手 法
紙本・着色
備 考
・画面右 印「藤汝鈞印」「若冲居士」
・賛部分:関防印「石上蓮華火裏泉」 印「善」「無染」
 サイン「丹崖叟蕪題」

【読み】
此是當來弥勒佛
長安大道自零丁
有人問解何宗旨
東福門前路八町
丹崖叟蕪題

【読み下し】
此は是れ當來弥勒佛、
長安大道、
自ら零丁(れいてい)す。
人有って、何の宗旨を
解(よ)くすと問わば、
東福門前路八町
丹崖叟蕪題

【訳】
その本身は、五十六億七千万年のちに
現れるという弥勒菩薩であるが、
みずから長安の都にやって来て、
おちぶれた格好で大道を徘徊しておる。
(その布袋がいま火伏布袋となって、
ここに現われた)。
「おまえさん、いったい、
どんな宗旨で、何ができるか」
と問うものがおれば、
「東福寺門前八町の道路(をぶらぶら歩いて、
門前町を火事から護る)」と答える。
解 説
 本作は、正面を向く布袋の姿をした伏見人形を描いたもので、右手で軍配を執り、左手にはその名前の由来となったおおきな布袋を持っています。伏見人形は、京都市伏見区にある伏見稲荷の周辺で、稲荷山の土を用いて作られた人形で、土人形の原型とされるものです。特に布袋像は、火伏の布袋として広く流通しており、また本作に付属する一紙から、本作が伏見の人形師である鵤幸右衛門(いかるがこうえもん)の火伏布袋を描いたものであることが確認出来ます。
 黄檗僧である無染浄善(1693~1764)の賛が記されており、無染の没年から本作が明和元年(1744)以前の制作であることが確認できます。
 伊藤若冲(1716~1800)は、江戸時代中期の京都で活躍した画家。若冲は、それまでの日本の絵画にない奇抜なモチーフ、独特な画面構成により、奇想の画家として、また江戸美術を代表する画家の一人としてよく知られています。名は汝釣、字は景和。斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士などと号しました。京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、数え年で23才の時に父親の死去に伴い家業を継ぎます。その後、40才の時に弟、白歳(はくさい)に家督を譲り、絵画制作に没頭。江戸中期の京都においてその個性的な画風は異彩を放ち、大きな評判を呼びました。天明八(1788)年の京都大火で被災し、一時大坂に滞在したものの、晩年には京都市伏見区の深草にある黄檗寺院、石峰寺の門前に隠棲し、晩年を過ごしました。

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