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「土岐山城守宛消息」

沢庵宗彭

  • 「土岐山城守宛消息」
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作家名
沢庵宗彭
作品名
「土岐山城守宛消息」
寸 法
本紙:31.5×46.7cm
総丈:116.0.×49.8cm
手 法
紙本・墨
備 考
・款記「卯月十二日/宗彭」
・堀江知彦鑑識箱

【翻字】
  尚?此方之儀者
  何時御出にても
  大方内に居
  申事候間
 尊書殊一箱
懸御目可申候
 一袋被下候毎度
天気次第被成
 忝存候先刻
可然存候
 自是以書状
 申入候明日之儀
 か様ニ候ハヽ路次も
 悪候ハん間被差延
 いつにても道能
     候ハん時被成
 御出候様にと申
 進候佐竹殿
 相馬殿よりも
 御使被下候御返答
 にも天気悪道も
 爰元悪候間いつ
 にても天気次第
 被成御出候やうにと
 申候爰元殊外
 之風雨にて御座候
 恐?謹言
    東海寺
  卯月十二日 宗彭(花押)
 土岐山城守殿
      尊報

【口語訳】
 お手紙と一箱・一袋をいただき、ありがとうございます。いつも忝く存じます。
先ほど、こちらから御手紙を出しました。
明日の儀はこのよう(雨天)でしたら足下も悪いので、延期されて、いつでも道が乾いてからでもお出で下さるのがよろしいと申し上げました。
佐竹殿と相馬殿からも使者が来られ、こちらからの御返事にも「天気が悪く、道もこちらは悪いので、いつでも天気次第にお出かけ下さい」と申し上げました。
ことのほかの風雨です。なお、こちらの方はいつお出ででも大方は内におりますので、お目にかかりましょう。天気次第のことです。
解 説
 沢庵宗彭(1573~1645)は、江戸前期の臨済宗の僧。但馬国出石の生まれで、天正14(1586)年14歳のときに郷里の出石宗鏡寺の塔頭勝福寺、後に上洛し、大徳寺塔頭である三玄院の春屋宗園(1529~1611)に師事しました。
 1609(慶長14)年36歳で、勅招により大徳寺第154世住持に出世したものの、わずか3日でと大徳寺を去り、戦禍に焼けた南宗寺や、荒廃した宗鏡寺を再興。1629(寛永6)年には紫衣法度をめぐり幕府に抗弁したことにより、出羽国上山に流罪となりましたが、1632(寛永9)年には赦免され江戸に入り、徳川家光(1604~1651)の深い帰依を受け、1638(寛永15)年には江戸品川に東海寺を創建しました。
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