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「星野道西宛消息」

瀧本坊宗淳

  • 「星野道西宛消息」
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作家名
瀧本坊宗淳
作品名
「星野道西宛消息」
寸 法
本紙:29.0×46.0㎝
総丈:115.5×57.5㎝
手 法
紙本・墨
制作年
寛永元年~同四年(1624~1628)
備 考

解 説
滝本坊乗淳が星野道西に宛てた消息。消息中に記載される式部卿とは、松花堂昭乗のこと。昭乗が式部卿と称していたのは、元和元年(1615)から寛永4年(1627)のことで、寛永元年(1624)に滝本坊焼失にあたり隠居し、乗淳が滝本坊を継ぐことから、本作は、寛永元年から同4年の間に制作されたものと想定できます。

滝本坊乗淳(?-1673)江戸時代前期の真言宗の僧、書家。茶人である中沼左京の息で、松花堂昭乗の甥にあたる人物。石清水八幡宮滝本坊の社僧であった昭乗の跡を継ぎ、住持を務め松花堂流もうけついだ。

松花堂昭乗(1584-1639)は、江戸時代初期の文人。書画家。俗姓は中沼氏。山城男山八幡宮(石清水八幡宮)滝本坊の真言僧で、名は式部。別号は惺々翁、空識。和泉の人。
17才で得度し、真言密教を修め、阿闍梨法印の位に就き、瀧本坊住持となった人物。晩年は滝本坊を弟子に譲り、男山の南に松花堂を営み隠棲、和歌や連歌、茶の湯など風雅三昧の生活を送った。

上林三入(1569-1627)は、宇治の茶師。歴代上林三入と称す。今西光盛の二男、はじめ三右衛門。藤村宗順の養子に入り、のち上林の姓を名乗ることが許され、上林と称した。

星野宗以(生没年不詳)は、宇治の茶商。宮中および将軍家の御用をつかさどった御物茶師で、星野宗以家に初代。

星野道西(生没年不詳)は、宇治の茶師、星野宗以家の二代にあたる人物。星野宗以の嫡男。宇治茶の興隆を願い平等院内に羅漢堂を建立した。
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