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「里芋図」

伊藤若冲

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作家名
伊藤若冲
作品名
「里芋図」
寸 法
本紙:107.2×40.2㎝
総丈:198.5×53.5㎝
手 法
紙本・墨
備 考
・画面左上に印:「藤女鈞印」、「若冲居士」
・左下に印「千画絶筆」
・賛「無名氏 百貫て得堂る/僧都乃/かし羅/いも/本り出しとて楚/思ふ遍らな禮」(百貫で得たる 僧都のかしらいも ほりだしとてぞ 思ふべらなれ)
・訳:「百貫(の金額)で手に入れた/(この)僧都のような頭の頭芋は/掘り出し物であるなぁ/と思うのだ」
・「生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲」展(於、京都市美術館/2016年)出品作品 図版No.114
※1 無名(ありな)氏…池大雅(1723~1776)に宛てた歌か。
※2 僧都…僧官の一つ。
※3 かし羅いも…頭芋(里芋)。
解 説
大きな里芋が二つ描かれ、賛は「頭芋」について書かれている。
頭芋とは里芋の親芋の事で、京都では古くから正月元旦の縁起物として、頭芋を雑煮の中に入れて食べる風習がある。
「海老図」同様にお正月の縁起物として描かれたと考えられる。


伊藤若冲(1716~1800)は、江戸時代中期の京都で活躍した画家。
若冲は、それまでの日本の絵画にない奇抜なモチーフ、独特な画面構成により、奇想の画家として、また江戸美術を代表する画家の一人としてよく知られています。
名は汝釣、字は景和。斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士などと号しました。
京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、数え年で23才の時に父親の死去に伴い家業を継ぎます。
その後、40才の時に弟、白歳(はくさい)に家督を譲り、絵画制作に没頭。
江戸中期の京都においてその個性的な画風は異彩を放ち、大きな評判を呼びました。
天明八(1788)年の京都大火で被災し、一時大坂に滞在したものの、晩年には京都市伏見区の深草にある黄檗寺院、石峰寺の門前に隠棲し、晩年を過ごしました。
伊藤若冲の販売作品一覧
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